しかし、カインは弟アベルに話しかけた。「野に行こうではないか。」そして、ふたりが野にいたとき、カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺した。(創4:8)

(1)主への捧げ物

いつの頃かは分からないが、創造主に背く大罪を犯したアダムとエバは主の恵みによって赦され、皮の衣を着せていただいた。

その後与えられたカインとアベルが成長し、それぞれ一家の主として「カインは、地の作物から」、「アベルもまた彼の羊の初子の中から、それも最上のものを」主に捧げた。ところが、「【主】はアベルとそのささげ物とに目を留められた。だが、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それで、カインはひどく怒り、顔を伏せた。」(創4:4、5)

【主】は、カインに仰せられた。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。」(創4:6、7)

今の時代であっても兄弟間の殺人という悲劇は滅多に起こることではない。ましてや人類史のごく初期において、初代のアダム夫婦の子供たちの間でこの悲劇が起こってしまった。そして、この悲劇に至る前に起こったことは、上に記した出来事だけである。何の説明も無しにこの箇所を読んで、すんなりと理解出来るだろうか?

(2)原始福音

創造主はどのような御方であるか、何をどのようにして献げて礼拝すべきなのか、カインとアベルは両親からしっかりと教えられていたのだろうか?教えられていたともいなかったとも、聖書には説明されていない。カインは農業に従事していたので地の作物を献げ、アベルは羊を飼っていたので、羊の初子の最上のものを献げた。何も知らない人間的な視点からは、二人の捧げ物に若干の優劣があるようにも見えるが、それに対して主は天と地の差を見出されたのである。

それでカインは怒った。それを見て、主はカインの行いは正しくないといさめられた。であるなら、アダムとエバは二人に創造主はどのような御方か、粘土からいのちの息を吹き入れて自分たちが造られたこと、創造主は陶器師であり、自分たちは粘土であること、その方をどのように礼拝すべきかについてしっかりと教えておいたと考えるべきだろう。最初に二人が犯した叛逆の罪について、そしてその結果起こったこと、そして主は計り知れない偉大な愛によって赦しを与えられたが、そのためには尊い「血」を流さなければならないという主の掟があることを教えておいたものと思わざるを得ない。すなわち「原始福音」と言われている主の一方的な恵みによって、主に叛逆した二人が赦された経緯を両親からしっかり教えられていたと思われる。

そのような前提があったとすれば、アベルは謙虚に主に捧げ物をしたことになり、一方カインは主をないがしろにした行動をしたことは明らかである。主はそのことを叱責されたのであり、カインはふてくされて怒り、顔を上げることが出来なかったのである。

(3)カインの弟殺し

カインは主の忠告をしっかり聞く耳を持たなかった。罪が戸口で待ち伏せしているから、その誘惑に引っかかってはダメだ。自分を制御しなさい、治めなさいと忠告されたにも拘わらず、主に従う心を持ち合わせなかったのである。カインはアベルを野に誘い出して殺してしまった。

このことを主に咎められたときに、カインは信じられないようなふてくされた返事をした。アベルがどこにいるのかと言われて、「知りません。私は、自分の弟の番人なのでしょうか。」アダムが主に背いた後の反応に比べて、カインの反応は弁護の余地の無い、罪を倍加するような返事である。自分の得手勝手な自己主張のために弟を殺しておいて、何という人間だろう。後の世に、「カインの家系は悪の家系。セツの家系は神の家族であり、両者は混じり合っていない」という根拠のない思い込みが、何故か分からないが広がったのも致し方のないことかも知れない。しかし、セツの家系図を見てみれば簡単に分かるのは、セツの妻を初めとしてそれぞれの配偶者の名前も分からず、どこから来たのかさえ一切書かれていない。箱船の中で洪水の苦難を共に乗り越えたノアの妻でさえ、その出自は不明である。両家系が互いに隔離状態であったと決めつけるわけにはいかないだろう。

(4)主の偉大な愛

さて、カインに対して主の裁きが言い渡された。カインは農夫であるのに、土地を耕しても、土地から実りを得ることは出来ないと言い渡され、追われることになった。そこで、カインはやっと罪の大きさに気付いて、素直に罪の告白をした。「私の咎は、大きすぎて、にないきれません。」そして、知らない土地に行ったら、殺されてしまうと主に訴えたのである。

 ここで見逃しやすいのは、カインを殺すかも知れない人々が、地上に大勢存在していたという事実である。これはカインの妄想ではなく、そうなる危険性を主が認めて、誰もカインを殺さないように、カインは主の保護のもとにあるというしるしを与えられたのである。そして、分不相応とも思えるほど、カインの家系に大きな恵みと祝福を与えられた。同じ罪人の人間が、主がその罪を赦し祝福を与えられた家系を、悪人の家系であると断罪することは出来ないはずである。 

(5)カインの家系の繁栄

カインは主の保護下に、エデンの東、ノデの地に住み着いた。その地でカインの妻はエノクを産んだ。このエノクはセツの家系のエノク(神の人、メトシェラの父、ノアの曾祖父、創5:24)とは別人である。アダムから数えて七代目レメク(ノアの父のレメクとは別人)は、重婚をした最初の人である。レメクの二人の妻から生まれた子供たちから、家畜を飼う家系、音楽に秀でた家系、金属器を扱う鍛冶屋になった家系が生まれた。

 このようにカインの家系は、様々な技術、業に励み秀でた家系が主によって支えられたのである。そしてこのような技術は、洪水を生き延びたノアの家系に引き継がれたものと思われる。ノアの家系は、アダム-セツから継承された信仰の家系であり、このノア一家八名が、地球全体が水中に没したノアの洪水を生き延びたのである。この八名によって、カインの家系で発展した技術が後の世にまで引き継がれたのである。